関ケ原笹尾山交流館スタッフブログ

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11月3日に関ケ原合戦ツアー「島津の退き口編」を開催します

まっつんです。

明後日の日曜日、11月3日に桐野作人先生による、関ケ原合戦ツアー「島津の退き口編」を開催します。

ツアーの参加者は、おかげさまで満席になりました。
誠にありがとうございました。



丸1日、関ケ原合戦で島津に関係した陣跡などを歩きながら、先生のお話を直接聞けます。
参加することのできた方は、きっと幸せ者です。


桐野先生は、「関ケ原 島津退き口」、「さつま人国誌 戦国・近世編」、「織田信長 戦国最強の軍事カリスマ」や、また「謎解き 関ヶ原合戦 戦国最大の戦い、20の謎 (アスキー新書)」など、薩摩や戦国時代に関する多数の本を書かれています。
島津の関ケ原合戦に詳しい「関ケ原 島津退き口」は、今月15日より早くも文庫版(学研M文庫)が発売されると聞いています。
この本で十分、島津の関ケ原合戦について知ることができます。


今日の天気ですが、写真は15時ごろ、笹尾山交流館前の関ケ原合戦決戦地より、島津が陣取った方面を見たものです。
合戦当日もすでに田の刈り取りが終わっていたので、近い景色は412年前もあったのかもしれません。



きれいなうろこ雲が見えます。


ただし、うろこ雲は日本気象協会のホームページによると、天気は下り坂とのこと。



伝承によると鎌倉時代の武将、島津氏の祖、島津忠久(ただひさ)は雨の中で生まれたと言います。

そこで島津隊は、「出陣の日に雨が降るのは吉端(「きちずい」と読む。めでたいしるし。吉事の前兆。出典:goo辞書」と言って、雨の日には喜んで出陣する風潮もあったようです。
軍旗もこの由来に基づき、黒雲から雨が落ちているという図柄です。
(引用;小和田哲男監修「日本史諸家系図人名辞典」講談社発行)

そういえば今年の関ケ原合戦祭りの二日目(10月20日)も、雨でした。
先生のツアー、楽しみです。


関ケ原合戦 決戦地 島津
写真の真ん中の木立は、島津隊が陣取った小さな丘の反対側にある、神明神社の林。
左の山は小西行長が陣取った北天満山。
右側に少し見える山は石田三成が陣取った笹尾山。
島津隊と石田隊は、この二つの山の間を近江に抜ける北国街道(北国脇往還)を、おさえようとしました。


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