関ケ原笹尾山交流館スタッフブログ

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関ケ原町に伝わっている伝承 だいもんのなぞ 

関ケ原町立図書館で、関ケ原合戦に由来する伝承を見つけたので紹介します。
出典は「むかしばなし関ケ原48話」(編集・発行 関ケ原歴史を語る会/1992年3月発刊)です。


だいもんのなぞ
むかし むかしの ことやけど
まるやま ふもとに おおきなおてら
だいもん あって ちめいとなった

てんか わけめの かっせんで
そこの ぼうさま ひをつけて
てらも もんも やいたとさ
ぼうさま あちこち あなをほり
きざんだ なまえを かくすため
じぞうや おはかを うめたとさ
そして すたこら にげたとさ 

じつは このてら いえやすが
ひそかに かりねが できるよう
てらに さしずを していたと
ぼうさま いしだに おんがあり
いえやす こばむ ためではないかと
つたえる ひとも あったとさ


話の中に「じぞうや おはかを うめたとさ」とあり、大正2(1913)年に埋めたものが掘り出されています。


「だいもん」は漢字で大門と書き、古地図に書かれる、この地の字名でした。
明治まで小字名は大門で、現在は端竜(ずいりゅう)という地名になっています。
地区の方にあがる交差点の信号機に、端竜の名前が付いています。
関ケ原町ふれあいバスが付近を運行し、その停留所にも同じ名前がついています。

この「だいもん」から決戦地はみえませんが、直線距離で800mとすぐ近くです。
町史によると当時、寺の名前は法忍寺であったと言われています。
法忍寺は今は、町内の別の場所にあります。



その後江戸時代に、関ケ原は竹中重門の知領地であるのでこの地を守るため、お寺が作られます。
竹中半兵衛の菩提寺、禅幢寺 (ぜんどうじ、岐阜県垂井町)から別れてできた端竜寺です。



このお寺は、東海自然歩道のルートに入っています。
ひっそりとした、雰囲気のある寺ですので、周囲の陣跡を巡るついでに訪れてはいかがでしょうか。


行き方は、国道21号バイパスで「瑞竜」の名前がついた信号から、山の方面に上がりきった左手に寺はあります。
この道は東軍でのろしをあげた「丸山烽火場」に入る道と同じです。
場所は下の通りです。



大きな地図で見る瑞竜寺の場所です。

2010年開催の第1回関ケ原陣跡制覇ウォーキングの地図で、瑞竜寺の場所を確認できます。

関ケ原合戦 瑞竜寺 だいもん 竹中重門 東海自然歩道
お寺に上がる道。
当日は雪が降った後できれいでした。



関ケ原合戦 瑞竜寺 だいもん 竹中重門 東海自然歩道
お寺の中庭。


関ケ原合戦 瑞竜寺 だいもん 竹中重門 東海自然歩道
入口にある祠。


関ケ原合戦 瑞竜寺 だいもん 竹中重門 東海自然歩道
駐車場付近にある湧水


関ケ原合戦 瑞竜寺 大門 竹中重門 東海自然歩道
岐阜県の急傾斜地崩壊危険区域の表示に大門と記されています。

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