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関ケ原笹尾山交流館スタッフブログ

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3月23日、中井均先生ツアーの現地確認に松尾山と南宮山に行ってきました②

一般に松尾山は北側、関ケ原町の中心地方面から登りますが、平井からの方が距離は短くて楽です。
中井先生のツアーでは、こちらから登ることにしました。
実際に小早川秀秋も、こちらの方から登ったと思われます。



松尾山は登ると、東西400m、南北250mと、巨大な山城であることが分かります。
曲輪、堀切、土塁など、たくさん残されています。
一歩踏み込むと、その世界に圧倒され、当時を想像すると、わくわくします。

松尾山城は、三宅 唯美・中井 均編「岐阜の山城ベスト50を歩く」に「戦国時代後半の非常に発達した縄張り」と記述があります。
また『岐阜県中世城館跡総合調査報告書』には、西美濃最大級の山城であると書かれています。

関ケ原合戦 中井均先生ツアー 松尾山と南宮山
木が立っているのと、写真では立体感がつかめないので、その壮大さを伝えるのは難しいです。

関ケ原合戦 中井均先生ツアー 松尾山と南宮山
ツアーでは、中井先生のガイドで山城をたっぷりと堪能できます。



個人で登る方にご案内をすると、平井側は公の駐車場がないです。

平井の反対側、関ケ原方面からは、登り口に乗用車数台が停まれる駐車場があり、さらに便利な杖も置いてあります。
関ヶ原を愛する方の心づかいを感じます。

こちらは、字の松尾地区方面から登るためか、松尾口とも言っています。
平井から登るより10分ほど余裕をみれば登ることができます。
健脚な方も、杖を使うと重宝します。

縄張図を持っていくと、さらに楽しめます。
参考文献は二つあり、中井先生作成の縄張図があります。
1.三宅 唯美・中井 均編「岐阜の山城ベスト50を歩く」サンライズ出版P23
2.岐阜県教育委員会『岐阜県中世城館跡総合調査報告書』第 1~4 集で、この第1巻「西濃・本巣」P126


松尾山は東海自然歩道として整備され、案内板があります。
標高293mで、実際に登るのは180m、1時間とかからず、すぐに登ることができる山です。
しかし油断は禁物で、水分補給はぜひ気を付けてください。
また今の季節、ヒルやハチなどはいませんが、季節によっては注意が必要です。

関ケ原合戦 中井均先生ツアー 松尾山と南宮山 松尾口
写真は松尾口に置いてある杖。使い終わったら、元に戻します。


3月23日のツアーでは、下りは関ケ原町中心方面に降ります。
頂上に陣取っていた小早川秀秋が、大谷隊をめがけて降りた方向です。
なお合戦の時、大多数の兵は頂上でなく、ずっと下の方に居たと推測されます。
山に登り、家康が命じた秀秋への発砲が本当にあったかどうか想像するのもいいです。

下記はGoogleマップによる、松尾山を降りる道のルート。

大きな地図で見る

関ケ原合戦 中井均先生ツアー 松尾山と南宮山 黒血川
松尾口近くを流れる黒血川。
川の名前は、672年の壬申の乱の時、死傷者の血で川の底の石が黒くなったことに由来しています。



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