関ケ原笹尾山交流館スタッフブログ

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島津豊久の生き方①

関ケ原合戦には、大将として島津義弘、先鋒として島津豊久(とよひさ)が参加しています。
当時の島津の実質的な当主は、義弘の兄の義久でしたが関ケ原には来ませんでした。
家康と三成、それぞれ率いる戦に、島津として一線を引こうと考えていたようです。
在京していた義弘は、成り行きで義弘らしい考え方で、島津のことを思って西軍に参加しました。

豊久は父亡きあと、伯父の義弘を慕っていました。
義弘のことを真っ正直に信じ、関ケ原合戦までついてきたように思います。



豊久の父は島津家久(いえひさ)、家久は義弘の弟で四男です。
上から、義久、義弘、歳久(としひさ)、家久の4兄弟は、それぞれ得意分野で武功をあげます。
家久は数々の戦で兄の義弘を助け、特に軍事面で才能があり、秀吉も恐れていたぐらいでした。


豊久は天正12(1584)年3月、15歳の時に父に従い初陣を飾り、後見は新納忠元(にいろ ただもと)で、一人討ち取っています。
同年4月に元服し、天正15(1587)年4月、豊久18歳で秀吉の九州攻めの時、父に従って先鋒をつとめています。


同年5月、家久は島津兄弟の中ではいち早く、豊臣秀長に降参します。
家久は秀長に降伏し、お礼言上(ごんじょう、上のものに申し述べるの意味)に上がり、響応(きょうのう、酒や食事を出してもてなすこと)を受けて自分の城に帰った後、同年6月に急に亡くなっています。
もともと体調もわるかったと言われ、別の史料には思いがけない猛毒で重病になり、そのまま亡くなったというように書いてあります。
家久41歳、豊久18歳の時でした。

あまりにも急な死のため、当初、領地の引き渡しを拒んだために毒殺されたという説もあります。
参考に、秀長から豊久へお悔やみとして送った手紙を引用します。

「誠に中務(父の家久の)不慮の仕合(めぐり合わせは)是非に及ばず(やむおえない)、然れども生死の習あると(人の生き死にはよくあることなので)よく分別し(よく考えて)、藤堂(高虎)と諸事談合(いろいろなことを相談)せよ、その方覚悟しだいで向後(今後)引立(特に目をかけると)申すべし、子細は委しく(細かいことはまかせなさいと)藤堂が申す」
この文意をどう取るかですが、人生において先輩であり秀吉を№2として支えた人格者であったと言われる48歳の秀長です。
若い豊久に早急な行動を取ることを慎むようにたしなめているようにも受け止められる内容です。



豊久はこの後、翌年夏に家久の遺領の目録を秀吉に送る使者を出し、8月には無事目録に朱印を頂いています。
19歳で日向佐土原(ひゅうがさどわら)城(宮崎市佐土原町)、父の領地、2万8千石の当主になりました。

さらにその後、母とともに数年間、京に居ます。
天正18(1590)年、秀吉の小田原攻めにも参加し、大いに働いているので、父の死は納得していたのではないでしょうか。


その後秀吉のもとで文禄・慶長の朝鮮出兵で7年間働き、数々の戦功をあげました。
その功績を大きく評価した豊臣政権により、慶長4(1599)年に中務大輔(なかつかさたいふ)並びに侍従(じじゅう)に任じられました。





日本に帰国後は伏見に居ます。
慶長4(1599)年に庄内の乱が起きると家康に、「乱をどうするか義久に相談せよ」と言われ佐土原に帰国し、義久と会ったあと、乱を治めるために出陣します。
この乱は、義弘の娘の夫、伊集院忠真(いじゅういんただざね)が起こしたもので、豊久からすると義理のいとこにあたり、いわば島津家の内紛ですが、豊久は山田城攻めで功績をあげ、褒美を受けます。



この乱は関ケ原合戦の直前、慶長5(1600)年3月15日、忠真が降参することで治まります。
なおこの時、軍功で太守公(義久のこと)より伊集院氏の城があった野々美谷(城のことか)を下さるよう言われますが、辞退しています。
野々美谷は戦った相手、伊集院氏の城があったところで、武将であれば、あげると言われれば喜んで受け取るはずだと思われるのですが、何か受け取りたくない理由があったのかもしれません。


またこの乱のとき、食糧が尽きて、妻子ともども城を出ていくものがいるものがいました。
豊久はそれを見て、「打ち取れ」と命令します。
家臣は「今日は崩日(合戦に不利な悪日)」と、動こうとしません。
豊久は「崩日なら(なおさら)、さらに敵を打ち崩せ」と言い放ちます。
結局間に合わなかったのですが、豊久は迷信にこだわらない、勝ちにこだわった性格なのでしょう。

島津豊久 烏頭坂 関ケ原合戦 大垣市
烏頭坂の島津豊久の碑

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